周囲の視線を感じたとき
こう言っては、望んで一生独身になった女性には申し訳ありませんが、一生独身という現実というのは客観的に見てネガティブ、周囲にマイナスイメージを与えるのは否めない事実だと思います。
何故ならまず結婚こそが何よりの幸せ、子を設けてるということは自身の血を絶やさないことになるので、人としての役割を果たしたということで世間から強く推奨されています。
なのでそこから反している「一生独身」という状況は、人の役割を果たしていない、また一般的に推奨されないことが多いために、否定的な意味合いを強く持ってしまっているのです。
だから周囲は適齢期を遙かに超えた独身女性を見ると、そこはマイナスに捉えてしまい何かしらその独身女性に問題がある、だから結婚できなかったなどと飛躍した考えをすることがあるのです。
そして、世間が独身女性に対してそのようなイメージを持っていることを、一生独身となってしまった女性は大抵理解しており、そんなイメージを持たれないようにバレない風に立ち回ろうとします。
そんなですから、周囲の視線を感じてしまうと自分がそんな風に思われているように感じて、とても恥ずかしかったり不快な気持ちになって、そういう現状に対して後悔してしまうのです。
たとえ一生独身という状況を受け入れたとしても、さすがに堂々とまではいかない、そこはちょっと控えめに行動するとか、何らかの形で今の境遇に対する否定的な感じが見受けられます。
「そんなことはない」と思うかもしれませんが、そういう考えが一般的であることから、それが当たり前だと育ってきているでしょうし、この後悔についてはもはや「無意識」なのです。
友人に会ったとき
たまたま出会ったのが自分と同じ境遇の友人であれば、仲間意識は芽生えるものの決して後悔するようなことはありません。
ですが、例えば結婚しているのは当たり前、すでに二児の母となった友人と出会ったりしてしまうと自分とのあまりの境遇の差に、一生独身であることを後悔してしまうことがあるのです。
いくら望んで一生独身を選んだ場合であっても、この後悔については何となくその経緯が分かると思います。
一般的には独身より既婚の方が世間では認められることが多く、それは社会人が既婚である方が優遇されることから、否応なしに納得しなければならない部分です。
そんな独身に冷たい社会ですから、それを選んだ経緯は人それぞれであるものの一生独身という状況の時点で、そこは先にあるようにネガティブなイメージがつきまとうのです。
この事により例えにある二児の母の友人を見て、自分の方が「下」かのように思うことで差を感じて、一生独身という現実に対して否定的になる・・・要するに、後悔に至ってしまうのです。
その他、友人の「夫」とか「子ども」の存在も、後悔に一役買っていることも少なくありません。
既婚の友人には夫や子どもがいて、自分には誰もいなくて一人・・・その状況というのは、「自分を受け入れてくれる人はいなかった」を、明るみにしてしまう要素となるのです。
友人は、夫や子どもに「受け入れられた」から妻であり母なのであって、自分にはそれがないことから誰にも「受け入れられなかった」のです。
子ども連れの友人が一生独身の女性に与えるダメージというのは、実際計り知れないレベルなのです。
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