「恋文」に秘められた思い
はっとするほど恋する心情を色濃く書き取った文豪たちの恋文は、私たちに恋とはなんぞと問いかけてくるよう。
私はこれを目にするたびに考え込んでしまうのです。
今回は夏目漱石、森鴎外、石川啄木、北原白秋、太宰治、芥川龍之介という有名な六名の恋文をご紹介します。
【一】夏目漱石
代表作:「こゝろ」「それから」
妻である夏目鏡子へ
一九〇一年二月二十日国を出てから半年許(ばか)りになる 少々厭気になって帰り度(たく)なった 御前の手紙は二本来た許りだ其後の消息は分からない 多分無事だろうと思って居る 御前でも子供でも死んだら電報位は来るだろうと思って居る夫(そ)れだから便りのないのは左程心配にはならない 然し甚だ淋い(中略)段々日が立つと国の事を色々思う おれの様な不人情なものでも頻りに御前が恋しい是丈は奇特と云って褒めて貰わなければならぬ(中略)まだまだあるが是から散歩に出なければならぬから是でやめだからだが本復したらちっと手紙をよこすがいい二月二十日 金之助鏡どの此手紙は明日の郵便で日本へ行く 郵便日は一週間に一遍しかない出典:
何度か途中でも自分の身辺の状況などを伝えては「安心するが善い」と言っており、中には「御前も少々気をつけるが善い」など、本人の気難しそうな文面の中にも鏡子を心配したり、安心させたりしようとする気持ちがうかがえます。
「然し甚だ淋い」「おれの様な不人情なものでも頻りに御前が恋しい」など硬質な文章の中に散りばめられた鏡子への強い愛情と人恋しさが見えます。
なんといっても最後の「からだが本復したらちっと手紙をよこすがいい」というのが素敵ですね。
結局最初のほうで連絡がないのは息災だということだろう、とを言って心配してはいないというような事を言っておきながら、やっぱり気にしていたし、寂しかったのですね。
【二】森鴎外
代表作:「舞姫」「雁」
妻である森志げへ
広しまでおれが馬鹿なことでもするだろうというような事がおまえさんの手紙にあったから歌をよんだ。お前さんは歌なんぞは分らせようともおもわない人だからだめだけれど ついでだから書くよ。わが跡をふみもとめても来んといふ遠妻あるを誰とかは寐ん追っかけて来ようというような親切に云ってくれるおまえさんがあるのに外(ほか)のものにかかありあってなるものかという意味だなのだよ。歌というものは上手にはなかなかなれないが一寸やるおおもしろいものだよ。何か一つ歌にして書いておこしてごらん。直してやるから。四月十七日 歌よみ遠妻殿出典:
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