特に、人生って誰がジャッジしてくれるわけでもありませんから、成功か失敗かわからないまま流れていってしまうことがたくさんあります。
そんな中で、成功だとハッキリわからないものは「=失敗」になってしまってはいませんか?
「1+1=2」を間違えてしまったとして、劣等感を強く感じる人はきっとそれを失敗だと思うでしょう。
「計算を間違えてしまった、失敗だ」と。
ただ、「間違えても、間違えた理由がわかって次からはそれを応用できるようになったからいいや、失敗に見えて成功かもしれない」という考え方もあるわけです。
そう思えればラクなのですが、きっと劣等感の強い人は完璧主義者もしくはストイックな人なんですよね。
そういう「今すぐ見える結果としての間違い」が許せないのです。
100点じゃない限り、失敗になってしまうんですよね。
もしくは、他人からどう見られているかということを大事にする人であれば、「計算を間違えた」⇒「ほかの人に馬鹿だと思われているかもしれない」⇒「馬鹿だと思われるのは自分にとってマイナスだ」⇒「失敗だ」と感じてしまうでしょう。でも、周りからどう見られるかを基準にして成功か失敗かを分けていくことが本当に正しいことだとは限りませんよね。
まして、成功か失敗かがハッキリすることなんてほとんどないし、ハッキリさせようと思ったら「結果オーライ」となる出来事だって全部失敗という烙印を一度、押されることになってしまいます。
それはちょっともったいないですよね。
失敗したという暗い印象が心に残ってしまって、それが集まって劣等感になるわけですから。
成功か失敗かをハッキリさせないことも、ある意味で劣等感を生まない方法だと思います。そして、かの有名なエジソンも言っている通り、「私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、うまく行かない方法を見つけただけだ。」と切り替えることも、とても大事だと思います。
#小さな成功を積み重ねること
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