「恋をしたいな」と思うとき
あなたの頭のなかにはどんな情景が広がっているでしょうか。
スイートルームのベッドから見下ろす宝石のような夜景?それとも人目を忍びながら茶屋でしとやかにあう小江戸の情景?
私は現代風で派手な海外ドラマのような恋よりも、いまは幕末~大正にかけての日本らしいロマンに恋焦がれるほうが好きです。日本に生まれたがゆえにそう思うのかもしれませんが、京都や川越の古い町並みに隠れる色気と当時を描写する小説の文脈に似た香りを覚えるのです。
今回テーマに文学色を混ぜようと思ったら、戦国時代から幕末、そして明治維新後までさまざまな時代小説を書いてきたこの文豪に、幕末の恋を預けるほかありませんでした。
そういうわけで司馬遼太郎作品の中から艷やかで恋に焦がれるワンシーンをご紹介します。
「新選組血風録」
司馬遼太郎の著作に「新選組血風録」という小説があるのをご存知ですか。新選組は幕末に勤王佐幕の戦いに一身を投じた人斬り集団で、その様をいきいきと描いた小話を十五抱き合わせた小説です。
この中に「胡沙笛を吹く武士」という洒落たタイトルの小話があります。新選組隊士鹿内薫という男を主軸に置いた話で、ここに小つるという一人の女性が登場します。
彼女は不遇の身で、また鹿内と惹かれ合ってゆくのですが彼もまた新選組隊士という血なまぐさい印象からかけ離れた風情のある男性でした。
さて二人の掛け合いでこんな一節があります。
「小つる」あとで、鹿内はうれしそうにいった。「世帯を持とう」「あの」小つるはいった。「本当(ほんま)どすか」思いもかけない世界が、にわかにひらけたように思った。身寄りのない小つるには、世帯、という言葉がどれほどの響きをもってせまるか、人にはわからない。世帯を持つ。髪結いも、小つるはやめることだろう。宿の人のために袴をたたみたい。「しかし」と、鹿内はいった。助勤にならなければ、営外に寝泊まりすることはゆるされない。「毎日、お逢いしとうおす」「私も」鹿内は、また抱いた。
「宿の人のために袴をたたみたい。」
これは髪結いとして客の身の回りの世話もしていたであろう小つるが、旦那となる鹿内のためだけにその行いをしたいと思ったことのわかる柔らかな打撃のある表現ですね。
「世に棲む日日(二)」
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