作者の和泉式部は恋多き女性だったということです。
しかし何度かお相手が病気のために早世してしまうこともあり、幸せな恋ばかりを数えていたようではないようです。
当時は寿命も短く、病などにかかれば簡単に人は死んでいきます。
その頃の人々にとって、今の私達よりももっと死が身近であり、身に迫ったものだったのだと推測します。
この死ぬ間際、会いたいと思った相手はどなただったのでしょう。
【三首目】難波潟 みじかきあしの ふしの間も あはでこの世を すぐしてよとや
【訳】(難波潟の芦の節と節のあいだほど)たとえ短い時間でさえ、会ってくれないあなたは、このまま人生をあなたに逢わずに過ごせというのでしょうか。
当時は男性が会いに来てくれないと結ばれない恋でしたから、それが恨めしかったのかもしれません。
作者の伊勢も、先ほどの和泉式部と同様恋の多き女性だったようです。
その激情家らしい一面が垣間見れますね。
しかし、現代でもこれはよくあることなのではないでしょうか。
互いの恋愛観、つまり週に何回会いたいか、連絡はどのくらい欲しいか、そういうのが合致していないと、結局亀裂の原因になってしまうのですよね。
【四首目】あふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも うらみざらまし
【訳】もし会うことがなければ、こんなにあなたのことを思うこともないのに。こんなに自分の運命というのを、恨んだことはありません。
この歌を訳すとき、ふと久保田利伸の「Missing」を思い出していました。
あれは聞いているだけで切なく、歌詞から推測するに昔で言う「しのぶべき恋」だったのだろう、と思うのです。
あれだけで一本恋愛小説が書けてしまいそうですね。
誰しも「叶わない恋なら好きにならなければよかった」と思ったことがあるのではないでしょうか。
報われない恋は誰にとってもつらいもの。
好きになった自分を恨めばいいのか、振り向いてくれない相手を恨めばいいのか。
これはまさにそういう心情を歌っているもののようですね。
【五首目】今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで いふよしもがな
【訳】あなたのことを諦める、とただ一言。直接目を見て、伝えたいだけなのに。(それすらも叶わない。)
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