狂おしいほどに切ない…百人一首で切ない恋の歌の軌跡をたどる

狂おしいほどに切ない…百人一首で切ない恋の歌の軌跡をたどる

恋活
yukino
yukino
2015.10.06

作者の和泉式部は恋多き女性だったということです。

しかし何度かお相手が病気のために早世してしまうこともあり、幸せな恋ばかりを数えていたようではないようです。

当時は寿命も短く、病などにかかれば簡単に人は死んでいきます。

その頃の人々にとって、今の私達よりももっと死が身近であり、身に迫ったものだったのだと推測します。

この死ぬ間際、会いたいと思った相手はどなただったのでしょう。

【三首目】難波潟 みじかきあしの ふしの間も あはでこの世を すぐしてよとや

【訳】(難波潟の芦の節と節のあいだほど)たとえ短い時間でさえ、会ってくれないあなたは、このまま人生をあなたに逢わずに過ごせというのでしょうか。

当時は男性が会いに来てくれないと結ばれない恋でしたから、それが恨めしかったのかもしれません。

作者の伊勢も、先ほどの和泉式部と同様恋の多き女性だったようです。

その激情家らしい一面が垣間見れますね。

しかし、現代でもこれはよくあることなのではないでしょうか。

互いの恋愛観、つまり週に何回会いたいか、連絡はどのくらい欲しいか、そういうのが合致していないと、結局亀裂の原因になってしまうのですよね。

【四首目】あふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも うらみざらまし

【訳】もし会うことがなければ、こんなにあなたのことを思うこともないのに。こんなに自分の運命というのを、恨んだことはありません。

この歌を訳すとき、ふと久保田利伸の「Missing」を思い出していました。

あれは聞いているだけで切なく、歌詞から推測するに昔で言う「しのぶべき恋」だったのだろう、と思うのです。

あれだけで一本恋愛小説が書けてしまいそうですね。

誰しも「叶わない恋なら好きにならなければよかった」と思ったことがあるのではないでしょうか。

報われない恋は誰にとってもつらいもの。

好きになった自分を恨めばいいのか、振り向いてくれない相手を恨めばいいのか。

これはまさにそういう心情を歌っているもののようですね。

【五首目】今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで いふよしもがな

【訳】あなたのことを諦める、とただ一言。直接目を見て、伝えたいだけなのに。(それすらも叶わない。)

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