一度「うまくいかない状態」になったとき、その状態を作り上げるのにかかってしまった時間よりも、「うまくいく状態」を作り上げる時間のほうが、長くかかることが多いように私は思います。
「うまくいかない状態」を作り上げる人の多くは、もともと運が悪いというわけではありません。
ただ、自分でうまくいかない状態を作ってしまっているのです。
その多くが「できない」を理由に他人にかまってもらおうとする、という行為によるのではないでしょうか。
自分の例で恐縮ですが、私はおそらく全体的に器用なタイプでした。
しかし、大学の頃「yukinoはバカっぽく見えて成績良いよね」と皮肉交じりに言われたことがきっかけで、「自分は"できるキャラ"でいってはいけないんだ」と思うようになってしまったのです。
そう言ってきた女の子は、はたから見ても頑張り屋さんでしたが、大学の掲示板に貼りだされた学籍番号の一覧から誰が学年で何番目なのかを割り出し、自分よりも上にいるのは誰なのかを調べ尽くしていたのです。
そういう彼女に対して、私は「頑張っているのに自分より下で気の毒だな」と思ってしまったのでしょう。
しかし、実際私もたくさんアルバイトをしながらその間を縫って勉強したし、誰よりも真面目にレポートなどに取り組んだ自信もあります。
ただ、文章を書くのが好きでレポートが苦にならなかったことが、私の成績を押し上げた一つの要因だったとも言えるでしょう。
それからは一生懸命、「できない自分」を演じてきました。
学校でもみんなで課題をやろうというときは集中できないふりをしてみたり、本当はわかるのに「わからない」と言ってみたり。
バイト先では着物を着ることになっていたのですが、本当は趣味で家でも着ていたので着方はよく知っていました。
しかし、バイト先の主婦の方たちに最初から「知ってます」というのでは可愛げがないということを知っていたので、「帯が巻けません〜!」と言ってわざと主婦の方たちを頼ったことも多々ありました。
しかし、そうしていくうちに気がついたのです。
最初はできることも「できない」を演じていたのに、いつのまにかその劣化した自分に成り下がってしまったことに。
周りの評価もそうですし、「できます」とは言いづらくなってだんだん頑張るのを控えてしまう。
結果を出すことが怖くなって努力を嫌うようになる。
だから結果を出せなくなって、本当に「できない」人になってしまったのです。
ある日テレビを見ていたら、世間でも有名な芸能人の人が「ここぞ」という生放送のタイミングでバスケットのゴールにスリーポイントからシュートを決めていました。
その人は世間でももてはやされていますが、本当に「やるときはきっちり決める」ということがしっかりデキる人で、だから世間からも「かっこいい」と認められる人でした。
私はそのとき気づいたのです。
「ここぞ」というタイミングで私はずっと「失敗するように」演じてきた。
だからそれが身に染みこんでしまった。
しかしその芸能人は、「ここぞ」というタイミングで「成功するように」演じてきたのです。
どれほどのプレッシャーと戦ったでしょう。
そのためにどれほどの努力をしたか、私にも皆目想像がつきません。
それを乗り越えてこそ、「うまくいく」人になれるのです。
もともと「何かをもってる人」なんていません。
なんでもうまくいく人の共通点は、「そのプレッシャーに打ち勝てるか」「うまくいくように正当な努力を積めるか」なのです。
習慣#2:一張一弛の精神で生きる
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