反社会的な行動を取る
反社会的な行動とは、社会の秩序や道徳から著しく外れた思考や思想を行動で示すさまで、秩序や道徳を乱すことから一般的には問題行動として認識されています。
だから普通の人はそんなことをする訳がありませんし、そもそも反社会的な行動をしようという概念すらなく、そこはしっかりと協調性を持っていることが分かります。
ですがdqnはないのです。
協調性と呼べるものなんて皆無で、自分のやりたいようにするのですから、そんな行動も辞さないことがあるのです。
しかもdqnは、社会に反している自分がかっこいいとか、誰にもできないことをする俺すごいみたいな考えを持っています。
別にその反しようとする対象に過失がないとしても、そんなよく分からない考えを元に「とりあえず」的な考えを持っていることもあるので、反される対象は恐怖でしかありません。
なおこの反社会的な行動、dqnだけでなく心の病気でそれを示すこともあるようで、一概にそんな行動=dqnという訳ではありません。
もっともその場合は、反社会的な行動をやったとしても一時的、その他dqnの特徴を備えた要素がないので、dqnとは明らかに違いますので判別は簡単でしょう。
話し方が汚い
一般常識のある方なら、誰かと会話をするときに言葉を選び、決して汚い言葉などは使わない・・・と言いますか「当たり前」ですよね。
汚い言葉はこの社会において、直ちに言った者の人格が問われることになりますので、一般的な考えを持っている方であれば普通そんな状況になることはないのです。
ですがdqnはお構いなしのようです。
dqnはただただ「自分が話しやすいように」話すだけで、相手のことなんて一切考えていませんし、そんな気遣いなんてある訳がないので、汚い言葉を自然に使ってしまうのです。
だからdqn同士が会話をしていると、聞くに耐えない内容なのはもちろん、前項の語彙に乏しいという特徴も相まって、本当に人間の会話なのかと疑問に思うでしょう。
悪口も頻繁です。
誰かの悪口を喜々として言い、しかもその悪口も普段の汚い言葉と混じり合って、ひどいものになるのが当たり前となります。
さらに問題なのは、まず悪口なんてあまり周囲に聞かせたくないのが普通の感覚であることから、小声で話したり別の場で言うのがおなじみです。
しかしdqnはそれもお構いなしで、公共の場所で訳の分からない悪口を大声で言いまくるため、迷惑しかありません。
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