長く付き合ったカップルや長年連れ添った夫婦などは、よく「異性としてのときめきが、家族愛に変わった」などとよくいいますよね。
それが夫婦になれば家族愛に変わったことを喜ぶべきですが、カップルの間ではそれをしばしば倦怠期と言い表すような気がします。
となるとやはりここにも、結婚と交際の違いが如実に現れてきますね。
結婚は、お互いの関係をこれから「家族愛という永久に安定したものに変えていきましょう」という一つの儀式なのですね。
お互いに異性としてのときめきを感じなくなったとしても、それを倦怠期だと思い込まないために、お互いの愛のベクトルが違う方向に向かうようになってしまったのではと不安にならないための、儀式だと言えそうです。
しかし、カップルにはこれがないからしばしば不安になる。
どちらかが相手に未だ異性としてときめいているのに、もう一方の中では相手に対する愛情がすでに家族愛らしいものに変わっていたとしたら、お互いが相手に抱く愛情の質が変容しているのでそこを不安に思わないはずがありません。
ここに来てもう一つ、わかったことがありました。
このすれ違いが、カップルにおいて非常にネックになりやすいものだということ。
同棲カップルの婚期が遅れるのは、このせいでもあるようです。
また、世の中では「旦那さんになってもずっとときめいていたい」とかいうことも言われるので、そうあるべきという固定概念が芽生えたとも言えそうです。
他のコラムで詳しく書きたいのですが、愛というのは大きな感情のベクトルなのだから、その色や質が変わっても何ら問題はないのに、というのが私の思いです。
お互いの愛情の質や色を確かめ合うことが重要
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